
おしゃべり目玉の貫太郎
- 鈴木 公子
- 講談社
- 1470円
livedoor BOOKS
書評/健康・医学


いいたいことが頭ではわかっているのに、
言葉が出てこないことがある。
のどに手をあてて、「ここまで出てきてるのに・・・」
というあれである。
たった一言のことばが出ないだけでも
非常に気持ちが悪く、ストレスが溜まる。
それほど「話す」という動作は人間にとって
不可欠な、根源的な動作。
普段何とはなしに話をしている我々だが
ある日突然ことばを発することができなくなったら。。。
頭は全く正常で、普通に思考でき、相手の言っていることは
全部わかるのにこちらからは言葉を発することが出来ないという
恐怖・苦痛・絶望。
考えただけでも背筋が凍る。
そういう目に実際にあった方がいる。
鈴木貫太郎さん。74歳。
47歳の働き盛りのときに
ゴルフのプレー中、誤って崖から転落し
コンクリートの側溝に頭を強打した。
脳幹部の太い動脈に血栓が生じ、
医師からは「この状態で生き延びた例はほとんどない。
生きながらえても植物状態です」と宣告される。
意識ははっきりしているので外部からの情報は理解できるが
自分の意思を表現する手段がなく、
厚い壁の小部屋に閉じ込められた状態にある。
専門的には「ロックトイン症候群"Locked in syndrome"」というらしい。
日本名は「閉じ込め症候群」
何と恐ろしい病名だろう。
著者は貫太郎さんの奥さんである公子さん。
お二人を中心にご家族の反乱万丈の半生を描いている。
前半は怪我をする前までの生活と怪我をしてからの苦労が
語られている。
むろん、怪我が怪我だけにその苦労は筆舌に尽くしがたく
その内容は非常に重い。
しかし、不思議なことに読んでいても決して湿っぽくない。
愚痴っぽくない。彼女の性格だろう。
何とか意思の疎通を図ろうとお二人が模索して
いきついた手段が目玉を動かす方法。
はじめはYesなら目玉は上にし、NOなら下にする。
二者択一だけだがそれでも最低限の疎通は図れる。
それが進むと、奥さんがアカサタナと横に読み
合図があると今度は縦に下がって文字を教える方法。
「ア、カ、サ、タ、ナのサ行」
「サ、シ、ス、セ、ソのソ」
「ハ、マ、ヤ、ラ、ワのラ行」
「ラ、リ、ル、レ、ロのラ」
で「ソラ、ね」
という具合。
気が遠くなる作業だが、意思の疎通が図れるのだから
なにもわからないより何倍もいい。
それを「アカサタナ会話」と名づけている。
その会話は最初、公子さんとしか出来なかったが
次第に看護婦さんも出来るようになっていく。
後半からは、ワープロ・パソコンを得て、
一層二人の世界の共有に拍車がかかる。
あちこち旅行にでかけ、
インターネットとメールにも夢中だという。
これほどの重篤な病人の話でありながら
不謹慎ながら笑ってしまうほど。
それほど文章は明るい。
いや明るさを忘れなかったからこそ
乗り切ってこられたのだろう。
余命幾ばくもないと、
医者から宣告された貫太郎さんはその後
ずっと生きながらえ、今年で27年も経過した。
貫太郎さんの生命力もすばらしいが、
それより公子さんのたくましさには頭が下がる。
人から「えらい」といわれると彼女は答える。
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私は「えらい」から逃げ出さないのではない。
逃げるほうが怖い。
動けない人を置き去りにして、
楽しい日々が送れるだろうか。
逃げるより、
正面から向かっていくほうが、
じつはずっと楽なのだ。
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「希望を持ちすぎず、絶望しすぎず」
と、彼女はいう。
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日のあたる場所を闊歩していた頃の貫太郎には、
正直不満を感じることもあった。
でも目玉しか動かせなくなった貫太郎は
元気なときよりずっと好もしい人間になった。
それは私にとっては喜ぶべき誤算だった。
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すばらしい人生だから生きるのではない。
途中で投げ出さず、
生ききるから人生はすばらしいのだ。
人生の妙味は視野の狭い一人の人間には
計り知れぬ程の屈折と深奥をもって示される。
ひとは目の前に出された「現実」を
ただただ受け入れて、
味わい尽くせばそれでいいようである。
「読書の秋」にピッタリの一冊。すばらしい本だった。

今回読まれた「おしゃべり目玉の貫太郎」は、
会心の書のようですね。
書評から大変よく伝わってきます。
>元気なときよりずっと好もしい人間になった。
不測の事態に陥った方やその家族の方の中には、
このように思われている人がかなりいますね。
第三者から見たらば決してそのようには見えなけれど、
その病や怪我を通して何か大きなものを学ぶのでしょうね。
一言でこのように言ってしまうのは簡単ですが、
今回紹介していただいた書は、
そのことを教えてくれる本になりそうな気がしました。
私も読んでみたいと思います。
素晴らしい本の紹介、ありがとうございます。